2024年1月13日 (土)

世界中の耳に届けるために

曲を作って発表したとき、ある程度の固定ファンを獲得していれば、それなりに聴いてくれる。しかし、ファンというのは正当に評価してくれるかといえば、そうでもないと思う。ファンというのは、どうしても良い評価を与えがちになってしまう。

かといって、放っておいてファン以外の誰かが聴いて評価してくれる、というものでもない。まして、しっかりとした耳を持った人に評価してもらうのは、それなりに働きかけなければならない。しかも、しっかりとした耳を持った人の正当な評価というものは、時に、バッサリと切り捨てるような低評価である場合もある。しかしながら、低評価であったとしても、どこが良くないのか、改善点はどこなのか、といったことを客観的にアドバイスしてくれることも多いものである。そうして、少しずつ指摘された改善点を自分なりに工夫して新しい音楽作りに活かしていくことができれば進歩があるだろう。何事もそうだけれど、最初から完璧に出来るわけではないのだから、そうやって改善していき、進歩していくことが大事だと思っている。進歩していくためには、現在の自分の能力を超えた力を出していかねばならないので、それなりに骨が折れるし、時に心が折れそうになる。

ただ、音楽というのは非常にバラエティーに富んでいるので、まるでジャンル違いの人に聴いてもらってもちゃんと評価されるわけではないから、その点にも注意が必要だ。

ここ数年、色んなキュレーターに自分の曲を提出して、そんなことを色々と考えるに至った。自分の目指す音楽に近いキュレーターやアーティストが少しずつ見えてきたように感じる。キュレーターによっては「あなたの以前のこの曲に比べた時に....」といった、自分の過去の曲と比べて具体的な評価をしてくれる場合もあり、しっかりと自分の楽曲を覚えていてくれたことが嬉しかったりもする。また、多くのキュレーターは自らアーティストであることも多く、キュレーター自身の楽曲を聴いて「ははあ、なるほど、こういう曲を作っているのか」ということが参考になることもある。

こういう風に、同様な音楽を目指している世界中のキュレーターやアーティスト、そして多くの楽曲に接して、刺激を得て、それが次の創作へのモチベーションにもなっている。

年末に、ほぼ即興で一曲作った。即興で弾いたのを少し手直ししただけなので、ほぼ数時間で完成してしまったが、今までの曲とはちょっと違う曲が出来たので、発表してみた。これが良い曲なのかどうか、まったく自信のないままに、出してみたら、意外と高評価であったりもする。もちろん、気になる点、改善点も色々と出てきているが、それは実際作って発表してみなければ気付かないことが多いのだから、それはそれでいいのだ。

音楽は聴いてもらってナンボだ。だから世界中の耳に届けるために、これからも色々やっていこうと思う。

 

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2023年8月 9日 (水)

聴いてくれた人の率直な感想を参考にする

音楽は誰かに聴いてもらって、聴いた人が何かを感じることで成り立つ。自分が作った曲に対して、自分で思っていることと、聴いてくれた人が感じたことは同じではない。自分の自信作を何十人、何百人の人に聴いてもらい、感想を貰うことはとても大事なことだと思っている。特に、プレイリスターなどの音楽キュレーターに聴いてもらうことは大切なことだ。彼らは日常的に沢山の音楽を聴いて、それを自分のプレイリストに取り入れるか、取り入れないか、独自に判断している。そういう中で率直な意見を貰うことも多い。自分では自信作であっても、色んな理由でお気に召してもらえないということはある。メロディー、コード、繰り返し、構造、音色、演奏、色んな要素があるが、「ここが気に入らない」という意見はそれはそれで参考になるものだ。たとえ辛辣な意見を貰うことがあっても、そこには自分では気づかなかった要素が見つかることが多い。世界のキュレーターには、物凄く確かな耳を持っている人が沢山いる。ビックリするほど細かいことに気づいて指摘をされることもある。

そういう指摘を一つ一つ吟味してみることは大切だ。最初は、厳しい意見に落ち込むこともあったが、しばらくするとそこに大きなヒントがあることに気づく。

こういう感じで自分自身をずっと成長させ続けることが大事だ。実際、ここ1年くらいは、そうやって、徐々に打率が上がってきたし、ランキングに少しずつ登場するようにもなってきた。そういう世界中のミュージシャンがひしめき合う中で、他の人の曲も聴いて参考にすることもできる。そうやって、少しずつ世界の中に飛び込んでチャレンジしていくことが自分自身の成長にもつながる。そういう場があることは素晴らしいことだし、それを活用しない手はない。

Submithub20230809

2023年7月 9日 (日)

ピアノの音色を追求する

前回も少し書いたけれど、最近の流行りなのかもしれないが、「ピアノはフェルトピアノに限る」という人が少なからずいる。モコモコのソフトタッチで、ペダルなどの機構がギシギシときしむ音がしたりするピアノが一部で流行っているのだ。

ピアノの音はとても複雑だ。タッチの強弱によって音の成分が変わってきて、強いタッチだと高音がとがった音になり、弱いタッチだと全体にソフトな音になる。実際は、楽器そのもののチューニングも色々あって、比較的ソフトな音を出すピアノや、キラキラの音を出すピアノなど、楽器の特性も色々ある。一つの楽器でも音域によって音色が違ってくる。鍵盤それぞれにハンマーや弦などの一つ一つがあるのだから、音も変えようと思えば一音ずつ変わることになる。

だから、曲によって、それらの音色の違いをうまく使えば、同じ音符の並びでも、違った雰囲気にすることができる。さらに、そこに音の反響や周波数特性を変えていけば、その曲に適した音作りが出来る。そういうことを一つ一つやっていくことが大事だと常々思っている。単にフェルトピアノにすればいいってもんじゃないと思う。(やたらフェルトピアノ愛好者を目の敵にするけどね)

今回のこの曲は作っていて途中でボツにしようかと思った。気を取り直して修正を加えて行ったら、だんだんと満足のいくものになってきた。さらに、音の響きを考えて移調して、ピアノの音もかなりチューニングして、ようやく思った通りの音になってきた。

作曲する場合、自分で弾ける曲しか作曲はできない。私自身、そんなに演奏技術が高くないので、シンプルな曲になる。ただ、その中で最大限の表現をしようと思って色々と工夫する。そんな中でピアノの音色はとても大事なものだ。今回の曲はピアノの音色にはかなりこだわった。

2023年6月18日 (日)

自分のスタイルを追求すること

今年に入ってもう半年が経過してしまった。

年初にアルバム「波紋」を出したが、それ以降、なかなか作曲活動が出来ずにいた。次のアルバムをと考えていたが、曲が集まらず、しかたなく、1曲だけシングルで出すことにした。

曲を世に出すということは、多くの人に聴いてもらう必要がある。自分が表現として狙った部分がとても気に入る人もいれば、気に入らない人もいる。それは当然のことだ。

大切なことは、自分の表現したいと思うことを自分で納得できる形で音にすることだろう。その部分のクオリティーは高めなければならない。

この曲も色々な部分で気に入るという人もいれば、気に入らないという人もいた。

気に入らないという人の中で最近とても気になるのは、「フェルトピアノじゃないと嫌だ」という人が結構いるということである。どういう影響かしらないが、特にNeo Classicalの分野で、モコモコのソフトなフェルトピアノでないと認めないという人が結構いるのだ。そういう人に対して、私もフェルトピアノをガンガンやればウケるかもしれないが、それは嫌だ。音によって曲のイメージは変わる。フェルトピアノがその曲を表現するにあたって必然的に必要なものであればよいが、それは何か表現を狭めていないか?と思う。まあ、そういう音楽が好きという人がいるのならば、それはそれで文句のいいようがないけれど。ピアノの音には様々なバリエーションがあって、それをうまく使い分けることで表現の幅が出ると思うのだけどね。実際問題、私自身、いくつかのピアノの音を使い分けているのだけれどね。

いずれにしても、自分のスタイルを追求することが大事なんだろうな。そのスタイルが気に入らない人は、まあそれでいいじゃないか。気に入る人を大切にすればいいわけだし、なにより、自分が求める音に近づけることが大事だろうと思う。

2022年12月14日 (水)

即興音楽と即興映像の共演

最近の曲作りは、ほぼ即興演奏の積み重ねと修正が主になってきた。即興が主になると、楽譜に出来ない。楽譜という手段を通して再現することが不可能と思って、諦めている場合もある。

それでも、大抵は数フレーズずつ即興演奏したものを積み重ねて作るが、完全に最初から最後まで即興一発で作った曲もある。

今回、ほぼ即興一発で一曲作った。確かな映像イメージがあったから、映像を付けるにはイメージ通りの映像を作らなくてはいけないなと思った。しかし、どうやって?

そして、たまたまアイデアがふと浮かんで、やってみた。

なんのことはない、黒い容器に水を張って、それを日向で適当に動かして水面に波を立たせる。そうすると、日光が差し込んでキラキラと容器の底が光り、その光は複雑に変形していく。それをカメラで撮影し、ゆっくりコマ送りにすれば出来そうだ。

試しにやってみたら、意外とすんなりとイメージ通りのものが出来た。

まさに、即興演奏と即興映像の共演だ。

 

2022年11月29日 (火)

試行錯誤の大切さ

以前にも書いたと思うが、私は即興演奏一発で曲を作るということはほとんどしていない。過去に一曲だけ、即興演奏で作った曲があったが、たいていは試行錯誤の連続だ。

1フレーズ、またはある程度の曲のまとまりで演奏してみて、それを繰り返しながら音を探っていく。これが大事なのだ。一度出来たフレーズでも何度か聴いているうちに、「ここはもっとこうした方がいいかな?」というアイデアが浮かんでくることもある。なんとなく違和感があった部分を繰り返し聴いてみると、新たな音が浮かんできたりする。

先日つくった曲にこんなフレーズがあった。Before_01 なんてことはない単純なフレーズだ。ピアノなどで弾ける人は弾いてみて欲しい。

最初はこれでいいと思ったんだけれど、何度か聴いているうちに、新たなアイデアが浮かんだ。そして、After_01

こうなった。

最初の赤色の音符2つだけ、1音下げただけだ。だけど、この変更で私にとっては物凄くしっくりと来た。実際に演奏できる人は比べてみて欲しい。私には即興で演奏してここまでの形に一発で持っていく技術はないから、こうして納得するまで書き直すことが必要なのだ。そういうことを何度も繰り返して曲が完成する。

一つ一つはわずかな音の変更だけれど、これをやるかやらないかは大きい。自分が表現したい音が出せなければ、いくら曲が出来ても自分の作品として意味がないと思うから、一つ一つの音を大切にしたい。わずかな音の違いが大きな違いになるからだ。

とはいえ、過去の自分の曲を聴いてみても、試行錯誤が足りなかったと思う部分は色々ある。一つ一つの音を吟味して、よりよい音にすることを目指したい。

2022年8月28日 (日)

正しいリスナーに聴いてもらうということの重要性

 Spotifyの月間リスナー(正確には過去28日間のリスナー)が1000人を超えた。かつて40前後を行き来していたことを考えれば、爆発的進化だ。これはプレイリストキュレーターへのキャンペーンの成果である。世界中のプレイリストキュレーターに自分の曲を聴いてもらって、評価してもらう。気に入ればプレイリストに載せてもらう。そういうキャンペーンを約3週間行って、合計13のプレイリストに載せてもらうことが出来た。実際、載せてもらえたのは打率でいうと1割から2割くらい。載せてもらえなくても、それはそれで、何故載せられないのかという、有意義なフィードバックをいただけたので、次の作品作りにとても参考になり、自分の曲を進化させるきっかけが与えられるので、実際のところ、載せてもらえなくてガッカリすることもあまりなく、的確なフィードバックがとても嬉しかった。

 成功の秘訣として「正しいリスナーに曲を届ける」とか「正しいリスナーに聴いてもらう」とよく言われていた。私はその意味がよくわかってなかったし、実際、どうしたらよいのかもわからなかったが、それがようやくわかったように思う。

 単純に再生回数やリスナーを増やそうと、身内や友達などに手あたり次第に紹介して聴いてもらったりして、再生回数やリスナーが一時的に増えたとしても、それは必ずしも「正しいリスナー」を増やしてはいない。「正しいリスナー」とは、真に私の曲が好きで聴いてくれる人の事といっても過言ではない。こんなことをいうと、私からお願いして、義理で私の曲を聴いてもらった人に大変申し訳なく思うのだけれど、ここでいう「正しい」という意味はまさにそうなのだ。もし、義理じゃなかったら、あなたは私の曲を好き好んで聴きますか?ということだ。そうでなければ義理でしかない。もっとも、最初は義理で聴いたけれど、気に入ってくれて、何度も繰り返し聴いてくれるならここで言う「正しい」になる。身内や友人に紹介して「正しい」リスナーが増えることもある。

 何故「正しいリスナー」が大事なのか。それはもちろん、私の曲を1回ポッキリではなく、繰り返し聴いてくれるからでもあるが、私の曲を気に入ってくれる人は、私の曲に似た傾向の曲もお気に入りである可能性が高くなるということが重要なのだ。

 Spotifyなどのストリーミングサービスにはたいていレコメンド機能がある。聴いたことのないアーティストの聴いたことのない曲をお勧めしてくれる。それが突拍子もないアーティストを紹介してくるわけではなく、「○○のファンへのおすすめ」とか「○○とテイストの似ているアーティスト」とかいってレコメンドされる。つまり、聴く人の好みにあったアーティストなり曲なりをお勧めしてくれるわけだ。それは、その人がどういう曲を好き好んで聴いているか?その曲を好き好んで聴いている人が同じように好き好んで聴いている曲なりアーティストのデータを蓄積し、傾向を分析してレコメンドしてくれているわけだ。レコメンド機能はアーティストにとっては新たなリスナーを獲得出来る重要な機会なである。実際、考えてみると、私自身もそうやってレコメンドされたアーティストのファンになっていることが多いと思うし、そうでなければ無名のアーティストを知る機会は極めて限られてくる。

 考えてみよう。私の曲のリスナーが吉幾三のファンである可能性は限りなく低い(ゼロではないが)。逆に吉幾三のファンである人が私の曲を繰り返し聴いている可能性も限りなく低い(これもゼロではないが)。だから、そういう人にわたしの曲を聴いてもらっても、リスナー傾向に影響を与えない。私の曲を好き好んで聴いてくれている人が私と似た感じのアーティストの曲を好き好んで聴いているとしたら、そういう人は比較的多く存在する可能性が高い。そうすると、蓄積されたデータから傾向が出てきて、レコメンドされることも多くなる。これが重要なのだ。自ら、私の曲を好き好んで聴いてくれる人を探し出すのは至難の業だが、Spotifyなどのストリーミングサービスが自らレコメンドという形でファンになりそうな人にお薦めしてくれるとしたら、物凄く有難いことである。

 私はプレイリストキュレーターに曲を聴いてもらって気に入ればプレイリストに入れてもらうというキャンペーンを実施したと書いた。プレイリスト不採用の理由として「曲はとても気に入ったが、自分のプレイリストには合わない」といってパスされることも多かった。プレイリストはだいたい、テーマがあり、同じ傾向の曲を登録している。もし、そこの傾向にそぐわない曲を入れたとしたらどうだろう?クラッシックのプレイリストに吉幾三が突然現れたらどうだろう?そのプレイリストを好き好んで聴いている人が「この曲は好みじゃない」といって再生をパスしたり、あるいは、聴きたくもない曲がレコメンドされるという事態になれば、それはアーティストにとってもよくないし、なにより、プレイリストに多くのファンを持つキュレーターにしてみれば死活問題だ。

 実際、今回よくわかったことは、多くのプレイリストのキュレーターは同時に多くのファンを持つアーティストである場合がほとんどだということだ。したがって、自身のプレイリストには自身の曲も含まれており、プレイリストの質を維持するということは、キュレーター自身のファンを維持することでもあり、なんでもかんでも曲を追加すればいいというわけにはいかない。入れる曲を厳選するということはとても重要なことなのだ。

 正しいプレイリストが正しいリスナーを獲得し、アーティスト同士が繋がり、お互いにファンを増やすことに役立つ。これが本当に重要なことだと気づかされた。「正しいリスナーに聴いてもらう」このことの重要性がとてもよく理解できた。今回、もう一つ、重要なことを学んだが、長くなりすぎるので、それはまたの機会に。

 最後に、私のお気に入りのプレイリストを紹介しよう。キュレーター自身もアーティストで、今回のキャンペーンで出会えて、私のお気に入りのアーティストの一人となった。

 

2022年8月25日 (木)

プレイリストの旅

 アルバム「記憶のかけら」を世に出して、多くの人に聴いてもらいたく、色んなことを試している。特に、Spotifyに関しては力を入れている。Spotifyには多くのフォロワーを持つプレイリストが多くある。しっかりとした目利きのキュレーターが厳選した音楽を掲載しているものに出会えれば、プレイリストだけで素晴らしい音楽に出会うことが出来、「プレイリストの旅」が出来る。

 私は、もし可能ならばそういうプレイリストに自分の曲を載せたい。それで、そういうプレイリストキュレーターに自分の曲を聴いてもらって、気に入ったら載せてもらうし、気に入らなくても、どこがどう気に入らなかったのかを教えてもらう。そういうことを今やっている。必ず載せてもらえるわけでもなく、打率は1~2割という感じだ。でもそれでいい。なんでもかんでも載せるのではなく、厳選して載せるというキュレーターの方がより健全だし、プレイリストの質にもかかわってくると思う。

 自分の曲を「プレイリストの旅」に出す。それはそれでとても勉強になるものだ。自分の曲がどう評価されるのか?気に入らない人はどこが気に入らないのか?改善点はどこか?など、多くのことを客観的に知ることが出来る。

最近、私の曲「ヤマユリ」は幸いにも多くのプレイリストに採用していただいた。その一つを紹介したい。

 

2022年8月12日 (金)

新アルバム「記憶のかけら」

2022年8月8日に新アルバム「記憶のかけら」をリリースした。今年に入ってから作った曲ばかりだ。アルバムは1年に1つは出そうと思ってやってきた。それは今まで作曲しながら色々と学んできたことの積み重ね。今の自分の全てがある。しかしまだ改善すべき点も多いと感じている。前回アルバムの「めぐる命の中で」から、即興演奏の積み重ねで作るといったことも行っている。

今回のアルバムのタイトルは「記憶のかけら」。これは過去の様々な記憶がこの曲から呼び覚まされればと思う。今回のアルバムには様々なイメージが含まれているが、次のアルバムは何か一つのテーマに絞ったものを作ってみたいと今は思っている。

各ストアーからはこちらからお聴きいただけます。

 

 

2022年7月 1日 (金)

即興演奏と試行錯誤

最近、即興演奏をもとに曲を作っているが、最初から最後まで即興演奏一発で作っているわけではないとは以前書いた。曲作りというのは、私にとって、音楽の宇宙の暗闇にある音を探り当てる作業だ。何度も何度も音を出してみては、理想のフレーズを探り当てていく。即興演奏はその中で、ある程度探り当てた状態から始まる。ぼんやりしたフレーズが出来たところで、何度も繰り返し演奏してみて、だんだんと形が決まっていく。だいたいワンフレーズ出来たら、それをMIDIで入力して整える。そうして先日、こんな感じのフレーズが出来た。Before2020070102

だいたいこういうフレーズを積み重ねて行って曲がだんだんと出来てくる。

ある程度出来たところで何度かきいてみて、なんとなくイメージと違うところ、しっくりこないところを探る。そうして、音符を少し動かしてみる。そうやって、元のフレーズはこんな風に少し変わる。After2022070102

元の楽譜から少し音がかわっていることがわかるだろう。そうやって色々いじっているうちに、やっぱり元の音がよかったか?とか、違う音にしてみるとか試行錯誤する。試行錯誤は1曲完成するまでに何度も何度も繰り返す。一部の音を変えたり、あるいは音を消すこともあるし、全体を移調することもある。

この試行錯誤が私には大切なのだ。

私はまったく天才ではないから、即興演奏一発で理想の音を探り当てるなんてことは無理だ。少しずつ少しずつそうやって形にしていく。そうして私の音楽が出来上がっていく。

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